第16話 走る行政書士
「走る行政書士」というと仕事に邁進する行政書士と思われてしまいそうですが、今回は本当に走る話です。
昨年の12月に十数年ぶりにマラソン大会に出場しました。「第21回 国際青島太平洋マラソン」のハーフマラソンの部へのエントリーです。
この大会には、タレントの萩本欽一さんや宮崎県の東国原知事などの有名人が参加することから誘われるままミーハー的にエントリーしてしまいました。
ここ十数年間というものパラグライダーやアーチェリーをたまにやるくらいで、運動らしい運動はほとんどやっておりませんでした。
おかげさまで体重も70Kgをはるかに超えており、まともに走れる状態ではありませんでした。大会まで2ヶ月チョイありましたので、ウォーキングから徐々に運動を始めました。
しかし、いったん身に付けた脂肪は、なかなか落ちてくれません。一日30〜60分位のジョギングを重ねましたが、やっと70Kgまで体重が落ちたところで大会当日を迎えてしまいました。
とりあえず、2時間30分を切ることを目標にスタートラインに立ちました。東国原知事もテレビカメラを従え私の30m位前からのスタートでした。
10Km地点までは、快調に走っておりましたが13Km位から急激にペースダウンしてしまいました。やはり練習不足は否めません。
途中、東国原知事とスライドしました。とても私と同じ歳とは思えぬような軽快な走りを見せてもらいました。
当方は息も絶え絶えに何とかゴールに辿りつきました。タイムは、2:30:29(Net 02:29:58)と何とか目標クリアでした。
その後も時間が取れる時には、5〜10Kmのジョギングを続けております。体重も66Kg台まで落ちてきました。目標体重は、60Kgにしております。それでも学生時代に比べると
10Kg程重たいのですが・・・。
今年は、フルマラソンで5時間を切りたいと思っております。
私が走り始めたのは、33才の時からです。健康診断で注意されたのがきっかけでトレーニングジムの体力テスト受けてみました。
当時の記録をひっくり返してみると体重は65Kgで、最大酸素摂取量が何と26.2ml/kg/minとなっておりました。その時、トレーナーから「寝たきり老人並みの体力ですね。」と
言われたのを妙に憶えています。
それから一念発起して水泳とジム通いを始めました。それと平行してジョギングも始めました。
何か目標が無ければ続かないと思い「ホノルルマラソンを走ろう会」に入れてもらい、練習会にも参加するようになりました。
といっても走るのは大の苦手で、月間40〜70Km程度しか走っておりませんでした。
それでも3ヵ月後には、最大酸素摂取量が33.9ml/kg/min、一年後には37.1ml/kg/min、二年後には44.3ml/kg/minと順調に増加しました。
その間体重は、ほとんど変化しておりません。
それから5〜6年の間は、年にフルマラソン2回、ハーフマラソン2回、20Kmと10Kmのロードレースそれぞれ1回というペースで参加してきました。
練習好きではないので、記録よりも完走を目指すことに重きを置いておりました。
結局、仕事の都合でホノルルマラソンには参加できませんでしたが、体力も人並み位には回復したし、旅する楽しみもできて結構充実していたのではないかと思います。
ところがパラグライダーを始めた途端、こちらの方にのめり込んでしまい、ぱったりと走ることをやめてしまいました。
それから間もなく、身体が膨張し始めたことは先述の通りです。アッと言う間に10Kg以上太ってしまいました。
再び走り始めたのは、大会に誘われたこともあるのですが、気力・体力の衰えを如実に感じたからに他なりません。
私のような士業者にとって、健康を損なうことは死活問題です。気力・体力共に充実してこそ、顧客ニーズに応えられるというものです。
そのことに思い至り、遅蒔きながら健康増進を図ることを決意した次第です。
夢のホノルルマラソンには参加してみたいと思っておりますが、年末に一週間休暇をとるなんてこれもまた夢のような話しになってしまいそうです。
2008/05/27新規
2009/04/22更新
「第32話 走る行政書士(2)」
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